今日の朝日新聞、私の視点に「トモダチ作戦 同盟国日本への支援に誇り」と在日米海兵隊基地外交政策部次長ロバート・エルドリッジ氏が寄稿された。
3月11日地震が発生した数分後には危機作戦司令部を立ち上げ翌日には部隊の移動を始めた「トモダチ作戦」の初期、拠点となった仙台の現場を紹介されている。
その中で、がれきを歩きながらある少尉が「こういうことをしようと海兵隊に入ったんです」といい、2週間経った後空軍の責任者を務める大佐がこれまでの成果をふまえ、「私の軍歴で一番満足できる経験になるかもしれない」と彼に語ったという。
同盟国日本が悲しみにくれ支援を必要としているので助けるという栄誉に米国の軍人と文民があずかっている。その多くが、大佐の思いに賛同するはずだと締めくくられている。
日米国家間の思惑はそれぞれあるかと思います。
それとは別に、個人個人がどのように思っているか。
過去の米軍の活動を見ていて、本当に米軍の支援をその国が必要としていることなのか疑問に思うことも多々ありました。支援という名の・・・・だったり。
けれど、今回は支援を必要とされ、人命を助ける(捜索・物資援助等々)という支援をする。
大佐の「私の軍歴で一番満足できる経験になるかもしれない」という言葉に、涙を抑えることができませんでした。
任務遂行するにあたり自分の意に沿わないことがあったかもしれない。人間を已む無く傷つけてしまうこととか(わからないけど)。
軍=戦闘というイメージでそれを厭わない人たちと短絡的に結び付けていた自分を恥じました。
誰でも、困っている人を前に本当に求められていることをすることに心は満たされる。
余りに放送されすぎて不評になったというACのCM。「心は見えないけれど心遣いは見える。思いは見えないけれど思いやりは見える」
私たちは、今まで見る機会のなかった国内を含めた世界中の人たちのきれいな心を見て感じる機会を与えられている。
感謝。

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