らんまんの感動を残します。

 

時代の考え方がわかる

まず、槙野万太郎は、彼にとって黄金の光る道である大好きな植物の研究をし、夢であった植物図鑑を刊行するために邁進する。

 

それがひとつの縦軸だとしたら、頻繁に横軸としてでてくるのが、江戸時代末期から続く、家や身分の問題。

ざっと思いだしても、

・本家と分家

・武士と商人(学問所名教館で)

・自由民権運動 早川逸馬

・本家の後継と使用人 (友達として/結婚)

・女性が酒蔵の跡取りになること

・町人の娘から名家に入るには(養女というかたち)

・東京大学(生)とそれ以外 (学歴、壽恵子の茶や経営)

・大学教授とそれ以外 (海外の大学教授と日本の・・もあり)

・後半は廣瀬祐一郎くんに語らせていく、(教授と工夫等)

・野宮さんと教授波多野の論文の件

 

好きなことを行うということは、今より厳しい制度と戦うことである。

万太郎はその時々に、例え不本意な形でありながらも意を通していく。

 

それ自体とても見ごたえあったが、私は万太郎の視点よりも、壽恵子の視点を楽しんで観ていた。

 

壽恵子の選んだ冒険

壽恵子は、滝沢馬琴の南総里見八犬伝を愛読し、八剣士の活躍に心躍らせ、長編を書く滝沢馬琴を尊敬していた。

八剣士のように冒険に憧れる壽恵子は、ある意味冒険を探していた。

壽恵子は万太郎と出会い、彼女の冒険の目的をみつけたのである。

 

万太郎を愛して、その万太郎が望むものを叶えたい、ということではない。

万太郎も愛し、自分の夢も植物図鑑を刊行すること。

 

だから、お金の算段をするのも、石版印刷機を買うのも、植物図鑑を出版する前に博士号をとることを勧めたのも、茶屋を経営するのも、自分の夢が叶うためで、楽しかったに違いない。

金貸しと渡り合うことも。(笑)

 

何故なら、万太郎と結婚する前に社交ダンスを習った時、

高藤氏が、鹿鳴館での社交ダンスを、西洋に追いつき肩を並べるために利用しようとするのに対し、壽恵子はただダンスが楽しいからだといい、何故それがいけないのかと言う。

好きなことに理由なんていらない。

そして、それを言って、万太郎の元に飛び込む。

また、高藤氏の別宅に住むことになったら、ある家に養女に入りそして高藤家に入らなければならない。何故町人のままではいけないのかと言い、そこに自由がないのを悟る。

 

冒険という夢がなく、ただ安寧に生きるだけであれば叔母の勧める高藤家に入っただろう。

だけど、彼女は牡丹の痣をもつ八剣士(笑)、自分の夢(目的)に突き進む。万太郎とは夫婦であり、同志でもある。

 

毎朝、自立した女性である壽恵子を観ていてとても気持ちよかった。

 

 

 

 

 

おすすめ記事