サンタフェで購入したアメシストのポリッシュ。底面にくっきりとファントムの跡があります。
トンマッコルで毎回私が泣いてしまうのは、民間人を犠牲にする作戦に加担せざるを得なかったピョ少尉がトンマッコルを救う作戦の指揮を任される場面とそして最期作戦が成功する際に見せる心からの解放された笑顔です。
ファンタジー映画、戦争映画というカテゴリーではなく、一部の方に申し上げているように、スピリチュアルな映画と思います。人間の中のスピリチュアリティー・神性に響きます。
たぶん、日本で深い意味で理解されるのには時期が早過ぎるように感じます。
もったいないです。
さて、先日、「千年の愉楽」を探していてみつけたのが、「輪舞するソウル」。中上健次が書いたソウルでのエッセイ。別の小説で、健次が新宮の消えた路地の濃密さをソウルでみつけたということはわかっていたけれど、ソウルのエッセイについては、読んでいてもピンと来なかった15年程前。今回読み返してみました。面白い。5年位前から韓国映画を見出し、わかってきたからこそわかる内容。”韓国芸能の粋男寺党”の章では、官からも民からも排除されている広大の存在、そしてその広大からも排除されている男寺党の存在、など、映画「王の男」を見た後では、そのバックボーンがわかり、より映画で王が庇護することの意外性がわかり面白かったです。
庇護されることなく場所なき場所たる広場で演じられる仮面劇にはそれゆえの賎なるものの輝きがある等・・・映画で理解しがたい部分について私の中でざらついていたものが流れていったようです。

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